横浜地方裁判所 昭和32年(わ)770号 判決 1958年6月13日
被告人 足達勝
主文
被告人を死刑に処する。
領置にかかるフレンチナイフ一挺(昭和三二年地領第三七二号の四)はこれを没収する。
理由
被告人は大正十二年三月十日、当時甲府市寿町百三十二番地において理髪店を営んでいた父足達菊治郎の四男に生れ、同市内の小学校卒業後うるし塗業又は古物商の手伝、菓子店店員等をしていたがいずれも永続きせず、十六歳の時窃盗罪を犯して懲役刑に処せられて以来窃盗、強盗等の罪四犯を重ね、更に昭和二十九年六月二十九日甲府簡易裁判所において住居侵入、窃盗の罪により懲役二年十月(未決勾留日数十五日通算)に処せられ、昭和三十二年三月十五日仮出獄により府中刑務所を出所し、その後は甲府市において人夫、土工等をしていたが、同年五月初頃同市より東京に出で無為徒食の日を送つているうち金銭に窮した結果
第一、
昭和三十二年五月十七日午前十時過頃空巣をなす目的で横浜市に来り国電桜木町駅に下車し、家人に発見せられた時にそなえて附近の食器店で刃渡約十三糎のフレンチナイフ一挺(昭和三二年地領第三七二号の四)を購入のうえ、目ぼしき人家を物色して歩き同日午後一時頃横浜市南区南太田町四丁目四百四十七番地間中栄一方表門より同家庭内に入り、屋内の様子を窺つたところ、同人の妻淑子(当時二十六年)の姿を認めたので一旦門外に出たが、被告人は若し右淑子以外に家人が居ないときはたとえ同女に発見せられても所携の右フレンチナイフで脅迫すれば容易に金員を強取し得るものと考え、同家裏板塀を乗り越えて再び同家庭内に立入り戸外より右淑子以外に家人の居ないことを確かめた後、同家裏口より屋内に足を踏み入れたところ、右淑子においてこれを発見し驚愕の余、同家六畳間より表庭に飛び降り逃げんとしてその場に転倒するや直ちに前記フレンチナイフを右手に持つて同女に迫り「騒ぐと殺すぞ」と脅しつけて同女を再び右六畳間に連れ戻し、これに慄く同女の両手を後記里上忠政方において窃取したタオル(前同号の三)を以て縛り上げ、なお傍にあつたおしめ二枚(前同号の一)で猿轡をかませたうえ「金を出せ」と申し向け、その反抗を全く抑圧して同座敷の箪笥から前記栄一所有の現金八百円を強取したが、同女をこのままに放置して逃走すれば同女により自己の犯行であることが発覚することをおそれた結果、ここに同女を殺害せんことを決意し、同女をその場に仰向けに押し倒し、傍のおしめ一枚(前同号の二)で同女の頸部を絞扼し、そのうえ同女をあくまで生き返らせないため右フレンチナイフを以て同女の頸部を二回突き刺し、同女をして椎骨動脈切断による大出血により間もなく失血死に至らしめ、更に同座敷にあつた幼児用寝台の上に右淑子の長男栄治(当時満一年六月)が眼をあき無心に両手を振つているのを見るや、同児をそのままに放置するにおいてはやがては泣き騒ぐこととなり自己の逃走後早期に右犯行が発見されることを慮り、寧ろ同児を箪笥抽斗内にとじこめて逃走するに如かずとなし、かかる幼児をそのような状態に放置すれば間もなく窒息死に至るべきことを認識しながら敢て同児を同家四畳半の間の箪笥抽斗内に押し込み、その顔面上に子供用掛布団及び衣類等を被せ右抽斗を閉じて逃走したため、その後間もなく同児をして窒息死に至らしめ、以ていずれもその殺害の目的を遂げ
第二、
(一)昭和三十二年五月十三日午前十一時頃東京都杉並区天沼一丁目百二十一番地首藤博方において、同人の妻きみ所有の現金四千九百五十円を窃取し
(二)同年同月十七日午前十一時頃横浜市西区東ヶ丘六十一番地里上忠政方において、同人所有の現金八百円及びタオル一本を窃取し
(三)同年同月十八日午前十一時頃東京都北区田端町四百十一番地都営住宅十五号室財津国吉方において同人所有の実印一個及び同人の妻静子所有の郵便貯金通帳一冊(当時預金高四千円)を窃取し
(四)同年同月同日午後零時三十分頃同都豊島区駒込一丁目九十九番地三楽荘三十号室寺田みな方において、同人所有の現金七万五千五百円を窃取し
たものである。
(証拠略)
なお弁護人田口正英は、本件強盗殺人罪について被告人は犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するけれども、右犯罪事実の認定に供した被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書において被告人は本件犯行に至るまでの経過及びその犯行の動機並びに手段方法、犯行後における逃走経路等について詳細に前後矛盾のない供述をしていることと医師竹山恒寿作成にかかる被告人の精神鑑定書を綜合すれば被告人は本件犯行当時是非を弁別しその弁別に従つて行動することが困難な状態にあつたものとは到底認め難いから弁護人の右主張は採用しない。
法律に照らすと被告人の判示所為中、判示第一の強盗殺人の点は各刑法第二百四十条後段に該当するところ、被告人は判示兇器を携え白昼婦女子のみの住宅を襲い、金員強取の後全く無抵抗の状態にある判示間中淑子を自己の犯跡をくらますためというのみの理由でたやすく刺殺し、剰え満一年六月の無力且つ無心の判示幼児間中栄治をも同様の理由で箪笥の抽斗内にとじこめて窒息死に至らしめたのであつて、その犯情において毫も酌量の余地は存しない。よつて被告人に対しては所定刑中死刑を選択すべく、判示第二の窃盗の点は各同法第二百三十五条に該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるところ、前者について死刑を選択処断すべきを以て同法第四十六条第一項本文に従い他の刑を科さずに被告人を死刑に処し領置にかかるフレンチナイフ一挺(昭和三二年地領第三七四号の四)は判示第一の犯罪行為に供した物で犯人以外の者に属しないから同法第四十六条第一項但書、第十九条第一項第二号、第二項本文によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してその負担を免除することとして主文のとおり判決する。
(裁判官 松本勝夫 渡辺惺 菊地博)